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原町「神武天皇像」生みの親 江戸の花形人形師
飯能市八幡町の八幡神社社務所でこのほど、原町山車に立つ神武天皇像を手がけた人形師
三代目原舟月(はらしゅうげつ、1828〜1899年)の直筆と見られる書状が多数見つかった。
江戸を代表する人形師として幕末〜明治期に活躍した三代目原舟月は雛人形、面、山車人形など数々の名品を残し
明治25年作とされる原町の神武天皇像もそのひとつ。書状は人形制作にあたって当時の原町関係者と
やりとりを記したものと見られ、新たな地域の歴史を紐解く貴重な資料になると関心を集めている。
書状、葉書合わせ20通
書状が見つかったのは15日。この日は台風の影響を受けて飯能夏祭りが中止となったため
八幡神社の関係者たちは急きょ社務所の整理をすることに。
役員のがこれまで開けたことの無い天袋を開けてみると、木製の大きな葛篭(つづら)を発見
中には昔の神社関連の領収証や事務書類、台帳など筆で記された古い書類がびっしりと収められていた。
このうち「山車関係書類」として括られた書類の束を開いた
新さんの目に飛び込んできたのが、何通もの書状に記された「原舟月」の文字。
この人物が山車人形の作者だったことをすぐに思い出し
「原舟月本人が書いた手紙であれば、大変貴重な資料なのではないか」と慌てて
及川湍夫原町自治会長、八幡神社の双木貞夫氏子総代へ連絡した。
関係者の間でも「そのような資料は今まで見たことがない」と騒然となり、
21日には市郷土館の学芸員、文化財保護審議委員の立ち会いのもと、再び書類をチェック。
原舟月の直筆と見られる書状15通、葉書5通の計20通を確認した。
内容の詳細はまだ不明だが、読み取れる範囲では、これらの書状は明治25年
原舟月が当時の原町の世話人だった戸田吉太郎氏に宛て
山車人形の制作に関する材料や金額等についての相談事項や経過報告などを記したものと見られ
ほぼ全ての書状に三代目原舟月の名と印が押されていた。
関係者の調べによると、当時原舟月は66歳、戸田氏は35だったという。
神武天皇像は身長約1.9メートル、弓を手に山車の上に立つ勇壮な姿は
飯能まつりでも注目を集めている。
原町囃子連関係者によると、原舟月の作であることは先人から伝えられてきたが
人形を収める箱に名前が記されている以外、証明するものが残っていなかった。
関係者は「人形の価値を裏付ける貴重な資料。制作された年月など、
今まで曖昧だった部分もはっきりしてくるのでは」と喜びの表情を見せる。
資料が社務所に長年眠っていたことについて、双木氏子総代(72)は
「昭和47年に八幡神社の改築が行れた際、資料関係を一切合財まとめて仕舞い込んで
そのまま人目に触れることなく今日まで来たのではないか」と推察。
頻繁に使用する部屋でありながら、天袋を開けることはなかったという。
9月には東京都千代田区で開催される「江戸天下祭」への参加を予定
先日は搬出リハーサルを行うなど話題に事欠かない原町山車。
江戸行きを控え、江戸とゆかりの深い人形の歴史を紐解く手がかりとなる資料の発見に
及川自治会長(75)は「こうした節目の時に見つかるとは、偶然以上のものを感じる。
灯台下暗し、よく気付いて頂いた」と話している。