月刊「神田画報」準備予告号

平成20年1月号を創刊号として01号となります。
準備予告号だけで終わりにならないよう気をつけます。

月刊「神田画報」準備予告号は3P掲載の協賛していただいた店鋪などに
置いてあると思います。。。多分!?

A4×4ページ オールカラー 月刊・毎月10日発行予定
神田の行事の予告や報告、文化、歴史、歳時記などお伝えします。

協賛と広告募集中です。応援してくださいませ。
各地域の行事の情報などもお待ちしております。
今後ともご指導、ご鞭撻、ご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

かねてよりやりたかった事。
それが情報紙。ついに始めてしまいました。
それなりに緊張しています。。。薄幸責任者。2007.12.13thu。

7月25日(水)文化新聞(飯能) 掲載

三代目原舟月、直筆の手紙
八幡神社で見つかる

 
〜〜〜 記事全文 〜〜〜

原町「神武天皇像」生みの親 江戸の花形人形師

飯能市八幡町の八幡神社社務所でこのほど、原町山車に立つ神武天皇像を手がけた人形師
三代目原舟月(はらしゅうげつ、1828〜1899年)の直筆と見られる書状が多数見つかった。
江戸を代表する人形師として幕末〜明治期に活躍した三代目原舟月は雛人形、面、山車人形など数々の名品を残し
明治25年作とされる原町の神武天皇像もそのひとつ。書状は人形制作にあたって当時の原町関係者と
やりとりを記したものと見られ、新たな地域の歴史を紐解く貴重な資料になると関心を集めている。

書状、葉書合わせ20通

 書状が見つかったのは15日。この日は台風の影響を受けて飯能夏祭りが中止となったため
八幡神社の関係者たちは急きょ社務所の整理をすることに。
役員のがこれまで開けたことの無い天袋を開けてみると、木製の大きな葛篭(つづら)を発見
中には昔の神社関連の領収証や事務書類、台帳など筆で記された古い書類がびっしりと収められていた。

 このうち「山車関係書類」として括られた書類の束を開いた
新さんの目に飛び込んできたのが、何通もの書状に記された「原舟月」の文字。
この人物が山車人形の作者だったことをすぐに思い出し
「原舟月本人が書いた手紙であれば、大変貴重な資料なのではないか」と慌てて
及川湍夫原町自治会長、八幡神社の双木貞夫氏子総代へ連絡した。

関係者の間でも「そのような資料は今まで見たことがない」と騒然となり、
21日には市郷土館の学芸員、文化財保護審議委員の立ち会いのもと、再び書類をチェック。
原舟月の直筆と見られる書状15通、葉書5通の計20通を確認した。
内容の詳細はまだ不明だが、読み取れる範囲では、これらの書状は明治25年
原舟月が当時の原町の世話人だった戸田吉太郎氏に宛て
山車人形の制作に関する材料や金額等についての相談事項や経過報告などを記したものと見られ
ほぼ全ての書状に三代目原舟月の名と印が押されていた。

関係者の調べによると、当時原舟月は66歳、戸田氏は35だったという。
 神武天皇像は身長約1.9メートル、弓を手に山車の上に立つ勇壮な姿は
飯能まつりでも注目を集めている。
原町囃子連関係者によると、原舟月の作であることは先人から伝えられてきたが
人形を収める箱に名前が記されている以外、証明するものが残っていなかった。
関係者は「人形の価値を裏付ける貴重な資料。制作された年月など、
今まで曖昧だった部分もはっきりしてくるのでは」と喜びの表情を見せる。

資料が社務所に長年眠っていたことについて、双木氏子総代(72)は
「昭和47年に八幡神社の改築が行れた際、資料関係を一切合財まとめて仕舞い込んで
そのまま人目に触れることなく今日まで来たのではないか」と推察。
頻繁に使用する部屋でありながら、天袋を開けることはなかったという。

9月には東京都千代田区で開催される「江戸天下祭」への参加を予定
先日は搬出リハーサルを行うなど話題に事欠かない原町山車。
江戸行きを控え、江戸とゆかりの深い人形の歴史を紐解く手がかりとなる資料の発見に
及川自治会長(75)は「こうした節目の時に見つかるとは、偶然以上のものを感じる。
灯台下暗し、よく気付いて頂いた」と話している。

原舟月の直筆と思われる手紙↓

資料・情報提供:飯能 まえ宏様


7月11日(水)文化新聞(飯能) 掲載

宙を舞う原町山車
〜江戸行きへ準備着々〜   入念な搬出リハーサル
 

 
〜〜〜 記事全文 〜〜〜

 神武天皇像で知られる飯能市原町所有の山車が9月29日に東京都千代田区で開催される「江戸天下祭」へ参加することが決まり、山車を無事に都内へ搬出するためのリハーサルが8日、原町会館近くで行われた。遠方への移送は初めてとあって作業は慎重に進められ、重量約2.5トンの山車がクレーンで空中に吊り上げられると、見守っていた同自治会や囃子連の関係者から感嘆の声が上がった。

 原町の山車は明治15年に松本重助・寅八の手により江戸型山車として建造され、同24年に三代目・原舟月作の神武天皇像が取り付けられた。人形を含めた全高は約7.3メートルにもなり、その勇壮な姿は地元の飯能まつりでも一際目を引く存在となっている。江戸天下祭は、江戸時代に徳川将軍家の上覧を受けた「神田祭」「山王祭」をもとに、平成15年に江戸開府400年を記念して復活以来、隔年で開催され今回で3回目を迎える。

 神話や歴史上の人物をモデルとした人形を取り付けた江戸型山車など、江戸から地方へ流れていった山車や神輿が里帰りし、日比谷公園から皇居前広場を練り歩くのが最大の見せ場で、今回は原町の山車をはじめ、県内の川越や本庄、群馬、栃木、茨城、静岡などから14台の山車が神輿9基とともに順行する。

 原町は平成17年の第2回開催時に同祭実行委員会の依頼を受けて神武天皇像を出展、丸の内ビルに展示され来場者の関心を集めた。そして今回は、山車ともども順行へ参加して欲しいとの要請を受け、準備を進めてきた。参加にあたって最大の難関となるのが、会場までの山車の移送。今回のリハーサルでは、山車を車輪から外し、クレーンで吊り上げトレーラーに積むまでの一連の作業を行ったが、関係者はもちろん、請け負った運送業者も山車を運び出すのは初めてとあって慎重に作業が進められ、開始から約4時間後、車輪から分離した山車の本体がクレーンで宙に吊り上げられた。
作業が無事に終わると自治会や囃子連の関係者からは歓声や安堵のため息が漏れ、及川湍夫自治会長は「一口に参加するといっても大変なこと。特に搬出作業は不安だったので、リハーサルができて良かった」と胸を撫で下ろし、「色々と困難はあるが、せっかくのPRの機会。飯能の名を全国に広く知ってもらえたら」と語る。

 前回の人形出展に引き続き、リーダーとして尽力する前島宏之さん(50)は「前回は人形のみの参加だったが、いよいよ念願の山車を持っていくことができる。成功するよう万全の体制を整えたい」と意気込みを見せている。

資料・情報提供:飯能 まえ宏様


8月25日(金)

某宅に某局、某番組の取材が入った。

その取材を取材(見物、または冷やかしとも言う)してきた。

番組名と放送日は追ってお知らせしましょう。(10月後半らしい)

どうもテーマは初めは「斎藤月岑」だったらしいんだが
ここんちがまた、江戸趣味の半端じゃあないお宝が
なにげなくさりげなく茶の間に飾ってあるもんだから
話は「彫物」になったり「千社札」になったりで・・・
結局は、神田に住み続ける心意気みたいなまとめに落ちついた。

可愛いお嬢ちゃんが、「な〜〜に言ってンんだか」みたいに笑いつつも、
心配そうにオヤジを見ている姿が・・・微笑ましい家族の光景でした