平成17年10月22日(土)

多町二丁目鎮守「松尾神社」例祭が執り行なわれました。

松尾神社は、その由緒、祭神、お社の変遷など「謎」の多い神社なのです。
多二のお年寄りの代々の口伝の話などもまじえ推測も含めて謎解き(勉強)をしていきたいと思います。

一対の大幟旗、太鼓、賽銭箱は、
松尾神社がこの地に再建された
昭和5年に奉納されたものです。

太鼓は皮も破れ傷みが激しく、もはや修復は無理な状態。
浅草・宮本卯之助商店謹製の銘板がついている。
幟旗には松尾「稲荷」神社とある。
そして賽銭箱にも「稲荷」紋がついている。
しかしながら下記神社の写真の井垣には、
ただ松尾神社とだけ記されている。

まず、稲荷社なのか?ちがうのか?
これが謎である。

多町二丁目 松尾神社の御由緒

代々土地(多町二丁目)で語り継がれてきた事のひとつが、
多二の松尾神社は古に京都の松尾大社を勧請してきたという話である。
京都・松尾大社は下記御由緒の通り、稲荷神ではない。
また千代田区四番町資料館職員の京都・松尾神社での調査においても
神田へ勧請したという記録は残念ながら出てこなかったという。

多二のもんど氏の調査・研究によると
江戸時代初期の古地図の多町辺りに「イナリ」とあるという。
これが松尾神社だという裏付けはまだとれていない。
また、江戸時代のある時期の神田明神の境内図に松尾神社と記されている事も発見されているが、
多二の松尾神社との関連は定かではない。

そして私(管理人)も恥ずかしながら松尾さまの御祭神をしらないのである。
誰かが、どこからか神様をこの多町二丁目に勧請した神社たる松尾神社の謎?が
今後の調査・研究にて解かれれば幸いである。

管理人のたわごと
名暦の大火後に、多町二丁目を中心にこの地に発展を遂げたのが「神田市場」である。
関東大震災(大正12年)で壊滅状態となり、昭和3年に秋葉原へ移転するまで約280年もの間、
江戸・東京の台所として食文化を支えてきた。
神田っ子と呼ばれる気質を形成したのも神田市場の気負いと勇みだとも言われている。
神田市場として青物や水菓子や諸々の食料を扱う土地の神様は「稲荷神」が最適だったのではないだろうか。
初めは神社でも、後に成りゆきで何かの拍子に「お稲荷さま」になってしまい、伝わってゆく。
ありえない話ではないですよね。いかがでしょうか?

京都 松尾大社の御由緒
松尾大社は京都最古の神社で、太古この地方一帯に住んでいた住民が、
松尾山の神霊を祀って、生活守護神としたのが起源といわれます。
五世紀の頃、朝鮮から渡来した秦氏がこの地に移住し、山城・丹波の両国を開拓し河川を治めて農林産業を興しました。
同時に松尾の神を氏族の総氏神と仰ぎ、文武天皇の大宝元年(701年)には、山麓の現在地に社殿が創建されました。
都を奈良から長岡京、平安京に遷されたものも秦氏の富と力によるものとされています。
従って平安時代当社に対する皇室のご崇敬はきわめて厚く行幸数十度に及び、
正一位の神階を受けられ名神大社二十二社に列せられて賀茂両社と並んで皇城鎮護の社とされました。
室町末期までは、全国十数ヶ所の荘園、江戸時代にも朱印地千二百石、嵐山一帯の山林を有していたとされ、
明治4年、全国神社中第四位の序列をもって官幣大社に列せられました。
京都洛西の総氏神として、京都市西京・右京区のほぼ全域、下京・南・北区の一部、
約十万戸の氏子の崇敬を集めるほか、
古来、開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の守護神として仰がれ、
特に醸造の祖神として格別な尊敬を受けております。

京都 松尾大社の御祭神
大山咋神(おおやまぐいのかみ)
古事記に「大山咋神またの名は山末之大主神、此神は近淡海国の日枝山に座し、また葛野の松尾に座す鳴鏑を用ふる神なり」
とあり、山の上部(末)に鎮座されて、山及び山麓一帯を支配される(大主)神であり、
近江国の比叡山と松尾山を支配される神であったと伝えられます。

中津島姫命(なかつしまひめのみこと)
中津島姫命(なかつしまひめのみこと)は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の別名で、
古事記に「天照大神が須佐之男命が天安河を隔てて誓約された時、狭霧の中に生まれ給うた」
と伝えられる神で、福岡県の宗像大社に祀られる三女神の一神として古くから海上守護の霊徳を仰がれた神です。

この項は、「京都 松尾大社」ホームページより転載させていただきました。

あいにくの小雨まじりの空模様でしたが、
神田明神より神職をお招きし祝詞を奏上していただき例祭は滞りなく終了いたしました。
当日、もんど氏宅にて四番町資料館職員を交えて、
代々神田市場で仲卸しを生業とされていた
「くら」おばあちゃんに多町二丁目の昔話を語っていただきました。
松尾神社や神田市場の興味深い話をたくさんしてくれましたので、
次回改めてその模様をアップできればよいなと思っています。

くらおばあちゃん:大正6年生まれ(88歳)市場屋号は三幸(蓮根やクワイなどを扱う蓮問屋だった)