| 多町二丁目 松尾神社の御由緒
代々土地(多町二丁目)で語り継がれてきた事のひとつが、
多二の松尾神社は古に京都の松尾大社を勧請してきたという話である。
京都・松尾大社は下記御由緒の通り、稲荷神ではない。
また千代田区四番町資料館職員の京都・松尾神社での調査においても
神田へ勧請したという記録は残念ながら出てこなかったという。
多二のもんど氏の調査・研究によると
江戸時代初期の古地図の多町辺りに「イナリ」とあるという。
これが松尾神社だという裏付けはまだとれていない。
また、江戸時代のある時期の神田明神の境内図に松尾神社と記されている事も発見されているが、
多二の松尾神社との関連は定かではない。
そして私(管理人)も恥ずかしながら松尾さまの御祭神をしらないのである。
誰かが、どこからか神様をこの多町二丁目に勧請した神社たる松尾神社の謎?が
今後の調査・研究にて解かれれば幸いである。
管理人のたわごと
名暦の大火後に、多町二丁目を中心にこの地に発展を遂げたのが「神田市場」である。
関東大震災(大正12年)で壊滅状態となり、昭和3年に秋葉原へ移転するまで約280年もの間、
江戸・東京の台所として食文化を支えてきた。
神田っ子と呼ばれる気質を形成したのも神田市場の気負いと勇みだとも言われている。
神田市場として青物や水菓子や諸々の食料を扱う土地の神様は「稲荷神」が最適だったのではないだろうか。
初めは神社でも、後に成りゆきで何かの拍子に「お稲荷さま」になってしまい、伝わってゆく。
ありえない話ではないですよね。いかがでしょうか?
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