青物問屋、伊勢屋万次郎の五代目主人。
生っ粋の神田っ子気質がその容貌に調和し、
男が惚れる男であったという。
信仰に生きる「千社札」活動を展開し
納札の世界では右に出る者なし。
「いせ万大西千載子文庫」は
納札界では最も高名な研究書である。
また鳶頭「紺三」「連雀町」らと
神田彫勇会を結成して彫物(刺青)の伝承に励んでいる。
神田彫勇会は江戸彫勇会へと発展したが
名人「彫宇之」の図を彫った江戸っ子だけが入会でき
四谷、市ヶ谷あたりの人でも
「江戸っ子ではない」という理由で入会できない
という厳格な江戸っ子気質を守った。
大正14年、粋と洒落を貫いた風流な人生の幕を閉じた。
享年52才、芝金杉の円珠寺に眠る。