(1)出しと人形 01.出しの語源
           02.山車人形の主題
           03.山車人形の登場 ・天和三年の禁令・兜人形とからくり人形・人形師 鼠屋豊前
 (2)江戸の人形師たち
           01.消えた山車人形師の系譜
           02.江戸の人形師 萬木彫細工人 原舟月
 (3)江戸の人形文化と山車人形・古今雛
           01.五月人形から雛人形
           02.人形の制作者 名工、松雲斎徳山と雛師、玉山
           03.幕末の赤坂氷川明神祭禮の記録から
 【氷川神社のご祭神】

素盞鳴尊(すさのおのみこと)
奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
大己貴命 (おおなむぢのみこと)

【氏子崇敬域】                   
港区元赤坂1丁目〜2丁目
港区赤坂1丁目〜9丁目
港区六本木1丁目・3丁目〜4丁目
港区虎ノ門1丁目
赤坂の地の鎮守の神、
氷川神社
超都心は赤坂六丁目に鎮座する。

かく言う西平、若かりし頃三年ほど
この地(6丁目)に住み親しんだ思い出がある。

風情、情緒、佇まいなる言葉が似合う
気持ちのやすらぐ境内には
今尚、江戸時代の時が流れているかのごとく
よき心持ちである。


氷川神社へ是澤先生の講演を聞くべく集まったのは約50名。

地元赤坂の氏子各町会の旦那衆。山車人形のマニア、研究家たちも遠方より参加。
青梅、川越、遠州横須賀、飯能、茨木、日本橋の方たちを確認している。
また、千代田区「江戸天下祭」関係者も講演を聴講されていた。

「猿」人形の頭(表一二町会所有)の解説をする是澤先生。
下段は「日本武尊」人形の頭(六七町会所有)と、その箱そして箱書き。
昨平成16年10日「赤坂まつり」
この三体の人形が展示公開され
赤坂一木通りを往く人々の目を楽しませた。

 左:源頼義
 
伝馬町町会所有、弘化3年(1846)に作られたというが
 作者は不明。
 明治38年(1905)に久月によって修復されたという。

 左下:源頼朝
 
桃柳軒玉山作、一ツ木町会所有
 近年「面六」谷中初音町、田口俊秀氏が修理。
 立烏帽子の金箔捺しや虎髭等趣向をこらしている。

 右下:翁二人立
 
赤坂新二会所有、作者不明
 「翁」の能を演ずる翁と千歳の人形で
 かつては「翁」と「千歳」と呼ばれていたという。

↓直会??

某神田の某かどのお店にて,なおらい。
遠方よりのお客さまがお帰りの際には外堀通りに
なぜか木遣「真鶴」が外堀通りにこだました。

赤坂でやらないのが「粋」ってもんさと、負け惜しみ。