2月25日(土)12:00

五十稲荷神社 初午祭

五十稲荷神社、かつては200坪の社地を誇り、その縁日は東京一の賑やかさであったという。
いまは、ビルの谷間の小さな社地にひっそりと佇むが、その謂れは江戸より古いと伝わる。


五十稲荷神社は、正式社名を栄寿稲荷神社という。
御祭神に、倉稲魂命(うがのみたまのみこと。食物を司る保食神)を祀る。

社伝によると徳川時代既にこの地に鎮座し、京都伏見稲荷神社より御霊を奉戴 
安産守護神として厚く崇敬された。
正徳年間(1711〜16)戸田長門守の屋敷となったが 
戸田家ではこの地の鎮守として奉祀し、領地足利市にある 
「稲荷大神」(現雪輪稲荷神社)をも合祀して「栄寿稲荷大明神」となった。

戸田家は足利領で五・十の日に織り物市を開く慣わしがあり 
江戸邸に於てもその繁栄を祈願する為に 
月次の祭事を五・十の日に執り行い、諸人の参詣を許した。

毎月五の日と十の日を縁日としたので五十稲荷の名が生まれた。
安産を願う妊婦が近県からも集まり 
毎月の縁日、特に夏の夜の混雑ぶりは今の新宿にも匹敵するといわれ 
『風俗画報増刊東京名所図絵 神田区之部』(明治32年)の中に 
当時隣にあった映画館『南明館』とともに描かれている。

漫才の内海桂子師匠が、幼い頃に神社近くの蕎麦屋「更科」に丁稚奉公していた時に 
『五十さまの縁日』を楽しみにしていたという。

「大好き神田」小川町三丁目南町会(参照)

地元の小川町三丁目南の皆さんをはじめ 
近隣の崇敬者も多数参加され 
初午祭は、和気あいあいの雰囲気に 
包まれるも、厳かに恙無く執り行なわれました。

五十稲荷さんから、歩いて30秒の天麩羅「魚ふじ」さんに移動。

写真を撮り忘れました!
おいしい掻き揚げ丼を昼食にいただきます。

初午祭の参列者に、落語会だけの参加者が続々と合流してきます。
二階の座敷きは、一人あて座ぶとん一枚のスペースで満員です。
落語会の参加者は53人とか。大盛況となりました。

天麩羅「魚ふじ」

まるで

小川町演芸場

天麩羅「魚ふじ」

旬の素材をからりと揚げる。
そんな天ぷらをサッと出してくれるのが 
昭和元年創業の『魚ふじ』さんです。

小粋な暖簾と二階座敷への瓦葺きの門に 
落ち着いた風情を感じます。

四代目のご主人が代々変らぬ味を提供し 
先代夫人の接待がさりげなく素敵です。

いまや遅しと開演を待つ満員のお客さん

若手の前座さんの一席が終わると、いよいよ本日の真打ち登場

出囃子「藤娘」で桂扇生師匠の登場!「巌流島」の一席。
いやはや客席は爆笑、爆笑。爆笑が渦まいてました。

休憩時間中には、お楽しみの抽選会
当選者には桂扇生師匠の落語CDが贈呈されました。

休憩後の二席目は「百川」ときました。

会場が神田ということで、祭にちなんだ出し物をと師匠が選んだ演目でした。
方言で主人と四神を、河岸のもんが勘違いして大騒動という話ですが
今どき東京で四神の鉾や剣を見られる機会はほとんどなく
お客さんは、四神の鉾や剣をなかなか想像しにくいでしょうが
流石、噺家さんですよ。またもや、会場は爆笑、爆笑、爆笑。

はい、お見事でした!!

日本橋小舟町八雲神社 平成17年 天王祭(四神剣、鉾を背に奉納演芸)

日本橋小舟町八雲神社 四神剣、鉾

世話役さんに落語CD当選
ん〜っ、いつものメンバーが・・・
さて三っつ目の会場へ移動します
「魚ふじ」さんから30秒の
「神田餃子屋」さんへ

上 :師匠も着替えてセーター姿。おっさんです。

右上:この会場でも落語CD争奪ジャンケン大会。

右 :世話役の「熊」さんと神田・日本橋連。

右下:殴りゃあしません。仲いいんです。

下 :なついてないって。初体面っす。

料理人さんにもCDをプレゼント
で、木遣で一本締と相成りました


で、まだまだ・・・延々と別会場にて飲み会は続くのであった!