|
|
|
 |
|
|
|
|
明治45年(1912)4月1日 万世橋駅(国鉄)が中央線起点駅として開業。
美しい赤レンガの駅舎は、建築家・辰野金吾の手による。
2年後に完成した東京駅(1914開業・現存)も彼の設計によるものである。
右端(○印)の交番(正式には須田町派出所)の行方を追ってみた。
当時の須田町は、江戸時代から続く東京随一の繁華街であった。
通りを挟んでの多町の青物市場には、人と物が溢れて威勢のよいことはこの上ない。
須田町から東神田、馬喰町方面には一大衣料品市場が広がる。
その為、駅周辺には旅館、食堂を初めあらゆる商店が繁栄をきわめ
演芸場(橘亭、小柳亭、白梅亭など)なども大いに栄えたものである。
国鉄のみならず市電のターミナルとしても交通の要衝として隆盛を誇った。
駅前の日露戦争の英雄「広瀬中佐と杉野兵曹」の銅像も地域の象徴的存在として有名であった。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
大正12年9月1日(1923)
関東大震災により万世橋駅も壊滅的な被害を受けた。駅舎のレンガ部分は残ったものの屋根も全て焼け落ちている。
「交番」も同様な被害を受けたことは想像にかたくない。銅像の台座には、震災で行方不明となった人々をさがす貼り紙が多く貼られている。
※万世橋、神田、東京間は、大正8年(1919)に開通している。
|
|
大正14年(1925)
焼け残った部分(1F)を利用して、2代目の万世橋駅が復活したが、美しい赤レンガ駅舎の面影はない。
写真に「交番」は写っていない。
しかし須田町繁華街の安全の要として、この地に交番も復活していると推定する。
※写真中央の制服姿は、交番から見回りに出る警察官ではないだろうか。
|
|
昭和11年4月26日(1936)
東京駅北高架下の鉄道博物館が移転して、万世橋駅と併設された。右下の自動車が停車している場所あたりが万世橋駅への入口、ほとんどガード下である。須田町付近も一時の隆盛にはなく駅としても存在価値が薄れてきているのがわかる。(神田多町青物市場も震災後の昭和3年に秋葉原へ移転している。)
※矢印の旧交通博物館玄関前の建物は現存している。
|
|
 |
 |
| 交通博物館玄関前の銅板貼り看板建築は、震災後の昭和2年頃の建築と思われる。
左:正面にRのついた中央線のガードが見える。その奥のビルは「肉の万世」
右:上の写真にある「物干台」が同じ位置にあるのが確認できる。
閉館した交通博物館玄関の貼り紙には「交通博物館は閉館しました」とある。
|
|
|
|
|
|
|
 |
昭和11年「交通博物館」開業により
交番「須田町派出所」は、万世橋の袂の
ガード下に移転している。(左記画像参照)
交番「須田町派出所」は、現役交番として昭和30年頃まで使用されていたという。しかしながらその後は、倉庫のような扱いをあまんじて受け、晩年にはごらんのように朽ち果て通りを歩く人も振り返ることもなかった。
現在、この地に立ち正面を見ると万世橋の橋柱越しに下記の秋葉原の風景が見える。万世橋駅開業時の須田町の隆盛を眺め、関東大震災で壊滅的な打撃を受けた。その後の大戦の空襲にも耐えて残った交番「須田町派出所」の朽ち果てた姿をよそに、神田川に架かる万世橋の向こう側の秋葉原の隆盛が対照的である。
★←左の画像提供
「MY FAVORITE THINGS」ホームページ
http://homepage2.nifty.com/~c5550/index.html
上記ホームページ、必見!
鉄道ファンにお薦めします。
|
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
平成5年(1993)
「江戸東京博物館」の分館として小金井市の都立小金井公園内に「江戸東京たてもの園」を開館するにあたり、明治時代の建築様式やデザインを今に伝えるレンガ造りの万世橋交番が移築、展示されることとなった。
平成4年(1992)年末、朽ち果てた姿の「万世橋交番」は冷たい雨の中、そのままの姿で徹夜作業でそっくり大型トレーラーに積み込まれ開館前の小金井「江戸東京たてもの園」へ向かった。
修復された「万世橋交番」は、美しい姿を取り戻し、来園する大勢の見学者を楽しませている。
上:
化粧直しされて展示されている
「万世橋交番」の概略が
記されている案内板
中:
「万世橋交番」の正面
下:
「万世橋交番」の後部分
下左:
畳敷きの休憩・宿直用の部屋
下右:
簡単な流しとガス台
★江戸東京たてもの園
184-0005
東京都小金井市桜町3-7-1
小金井公園内
ホームページ
http://www.tatemonoen.jp
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
↑かつて「万世橋交番」があった場所は・・・ご覧のありさま。
この場所に交番があったことなど、すでに遠い過去の事なのだろうか?
↓で、少しきれいにして復元してみました。
後方にはかつての「万世橋駅」赤レンガの上には、今もホームが残っています。
平成18年(2006)5月に閉館した「交通博物館」が見えます。
|
 |
現在「万世橋交番」は、美しく復元されて江戸東京たてもの園で余生を送っています。
運がよかったのでしょう。偶然に残ったのでしょう。タイミングがよかっただけなのでしょう。
一度、破壊されたり処分されたり駆逐された建築や文化は、元には戻せません。
「交番」は残りました。よかったです。
交通博物館閉館にあたって公開された旧「万世橋駅遺構」は、どうなるのでしょう。
千代田区の、いや神田の歴史を語るうえで大変に貴重な文化的財産です。
「次世代に残してほしい。」と願っているのは・・・私だけではありません。
※「神田駅」から「御茶ノ水駅」へ続く明治時代の「煉瓦ロード散歩道」はこちら。
|
|
|
 |
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|