43年前の神田風景

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

43年前(1963)の淡路町から駿河台の姿です。
翌、昭和39年にはアジア初の東京オリンピック開催を控え東京中が工事中の頃です。
日本橋の上に高速道路が架けられたのもこの頃。
その高速道路を架ける為に、東京の運河はことごとく埋め立てられ
埋められない運河にもまるで蓋をするように道路が架けられ
江戸から東京へと伝えられた「水の都」の風情を無惨にも失ってしまいました。

神田川が無傷で残ったのは幸いでしたが、日本橋川上には高速道路が架けられ
かつて江戸以前には江戸の本流であった
旧・平川は陽のあたらない澱んだ河川となってしまいました。

昭和38年(1963) 昌平橋上空から撮影(画像:日本損害保険協会所蔵)

平成18年(2006) 昌平橋、東京都住宅供給公社住宅より撮影(画像:西平所蔵)

水のある風景は和みます。そこに緑があれば尚更です。
今も昔も聖堂の緑は水辺の緑として訪れる人々を楽しませてくれます。
電車の中から神田川と聖堂と明神様の緑を見るとホッとします。
ここ神田で産まれて育ったんだと故郷神田を強烈に感じます。

大きく様変わりした神田の風景をお伝えしました。