毎年、彼岸に行われる「将門塚例祭」が台風明けの9月22日(木)に
大手町の将門塚と三井物産ホールにて執り行なわれました
 
大手町の「将門塚」の地は、神田明神の旧跡地であり創建の地でもある
例祭をもって神田明神三之宮御祭神「平将門命」の神霊をお慰めする

13:30より将門塚関係者に多くの一般の方も交え「将門塚前祭」が斎行され玉串が捧げられた
 


将門塚とは(神田明神HPより引用)
 将門塚は平将門公の御首(みしるし)をお祀りする墳墓であり、また同時に神田明神創建の地でもあります。天慶の乱後、将門公の所縁者たちにより、この地に納められ墳墓が築かれました。
 その後、嘉元年間(1302〜5)、将門塚周辺において天変地異が起こり村民たちを悩ませました。徳治2年(1307)になり、時宗の僧・真教上人により将門公の霊が鎮魂され、蓮阿弥陀仏の諡号が付されました。その後、村民たちの請いにより定住し時宗寺院・芝崎道場日輪寺を開基。この寺院は後に浅草に移りました。さらに延慶2年(1309)、将門公を神田明神に合祀いたしました。
 時代はくだり元和2年(1616)に、徳川家康公が江戸幕府を開き江戸城を拡張することになり、そのため神田明神は江戸城の表鬼門守護にあたる現在の地に遷座しました。将門塚はそのまま残され諸大名の屋敷の一角を占め、丁重にお祀りされました。江戸時代より神田祭の時には必ず鳳輦・神輿が渡御して神事が行われ、現在もその古儀は続けられております。
 また毎年9月の彼岸の日に将門塚例祭を執り行います。昭和46年3月、東京都指定文化財(都旧跡)に指定されました。
 
14:30 前祭に引き続き会場を隣接の三井物産ホールに移し
将門塚関係者のみが参列しての
「将門塚例祭」が斎行される
会場には史跡将門塚保存会関係者、神田明神氏子総代、氏子町会代表、御防講、宮鍵講、鳶頭など
約120名が参席し祭壇で斎行される神事を見守る
 
神田明神 大鳥居宮司による祝詞奏上
 
神田明神巫女さんの「浦安の舞」が奉納される
 
「将門塚例祭」恙なく滞りなく納まり、引き続き将門塚保存会総会が行われる
 
例祭、総会後は直会(なおらい)
千代田区観光協会 高木会長の音頭で乾杯
 
直会で歓談する神田明神・大鳥居宮司と千代田区観光協会・高木会長
 
宴たけなわですがそろそろお時間の方も・・・とアナウンス
両講(御防講・宮鍵講)鳶頭衆による木遣の一声でお開きと相成りました