石岡は常陸国の国府が置かれた所で、明治以前は府中と呼ばれ
国司のお詣りする神社が総社宮であった。
祭礼は8世紀頃、武家により「武運長久」を祈願したことにはじめられたらしい。
江戸時代中期に入って町人の祭りとなり、「家内安全」「無病息災」を祈願するようになった。
かつては9月9日(重陽の節句)を例大祭としていたが、昭和42年に現在の祭日に変更された。
石岡の山車は三層式で屋根がなく、三層目に人形を飾り、二層目が回り舞台となっており
石岡囃子を奏され、それに合わせてひょっとこ、おかめ、きつねなどの面をつけた里神楽が演じられる。
石岡囃子は江戸の祭り囃子をアレンジしたもので大太鼓(長胴)、小太鼓(締め太鼓)、笛、鉦で構成され
曲目は「仁羽」「四丁目」「新馬鹿」など。曳き手の若衆は囃子のリズムに乗せて
「おっしゃい おっしゃい おっしゃいな」「お祭り好きならよっといで」などと囃子言葉を叫びながら練り歩く。
13台ほどの山車のほかに幌獅子と呼ばれる独特の曳山が32台ある。
重さが20キロほどもある獅子頭をもち、胴幕を後ろへ大きく広げ
車のついた獅子小屋を幌のようにすっぽりと被せたものである。
獅子小屋には太鼓、笛の囃子方が乗り込む。
祭礼当日の14日は神幸祭で、午後2時、神輿行列が各町の山車、幌獅子を伴い
一年交替による年番町の仮殿へ向かう。
15日は例大祭。午前10時より神事が行われ、十二座神楽、相撲大会などが奉納される。
市街地では午後から終日、山車、幌獅子が行き交う。
16日は還幸祭で、年番町仮殿より御輿が出発し、供奉行列にて本殿へ還御する。
目抜き通りでは前日と同じく午後9時頃まで山車、幌獅子が練り歩き、
ひと所に数台集まっては激しい囃子・獅子舞の競演が行われる。
|